AI半導体は価格競争の新時代へ

Meta(メタ)とGoogle(グーグル)TPUの大型取引報道

11月25日に米ネットメディアのThe Informationは「MetaがGoogleのAI(人工知能)半導体を自社のデータセンターで使用する方向で検討している」と報じました。金額は数十億ドルにのぼるようです。

報道によれば、MetaはGoogleのTensor Processing Unit(TPU)を、まずはクラウド経由でレンタルし、その後2027年頃から自社データセンター向けに本格導入する案を検討しているとされます。これが実現すれば、「Meta=NVIDIA GPU」という構図に大きな揺らぎが生じることになります。

Googleは自社開発の半導体「Tensor Processing Unit(TPU)」を、NVIDIA(エヌビディア)製半導体よりも安価な代替製品として、またセキュリティ基準を求める企業にとって有用だとアピールしているようです。

実際に、GoogleはTPUの効率性と環境性能を前面に押し出しており、最新世代のTPUでは従来世代に比べて電力あたり性能を数倍に高めたとされています。

Google TPUの進化と企業採用の広がり

Googleは約10年前に自社の検索エンジンを高速化し、処理効率を高めるために独自の半導体・Tensor Processing Unitを導入しました。その後、この半導体は同社のAIアプリケーションにも活用されるようになってきていました。その経験を活かして、すでに同社はTPUの大型契約を相次いで獲得し、NVIDIAの代替になり得ることを示しています。

現在、TPUの採用企業には、OpenAI(オープンエーアイ)の共同創業者イリヤ・サツキバー(Ilya Sutskever)氏が設立したSafe Superintelligence(セーフ・スーパーインテリジェンス)やSalesforce(セールスフォース)、そしてOpenAIの元研究者で構成されたAnthropic(アンソロピック)などがあります。このように急増する需要に対応するために計算能力の拡充を急ぐ主要AI企業が、TPUの採用を進めている状況になっています。

こうしたTPU採用の広がりは、これまで「AI計算基盤=NVIDIA GPU」という暗黙の標準に、第2の選択肢があらわれつつあることを意味します。特にGoogle Cloudは、TPUと自社AIモデル「Gemini」などを組み合わせたフルスタックのサービスを提供しており、クラウドベンダー間の競争とも密接に結びついています。

AIアクセラレータ市場全体でみると、依然としてGPUが約6割前後のシェアを握っているとされ、NVIDIAが圧倒的なプレーヤーであることに変わりはありませんが、TPUなど専用アクセラレータの存在感が着実に増している点は無視できません。

AI半導体市場でNVIDIAが支配的な地位を築いてきましたが、有力な競争相手企業が登場してきたようです。

Tensor Processing Unit

TPUとGPU:アーキテクチャとコスト構造の違い

NVIDIAのGPU(画像処理半導体)はビデオゲームの映像をより精緻に描画するために開発されました。多くの演算コアを備えて複数の処理を並列で実行できるのが特徴です。

この特徴によりほかの技術では難しい高速なAI処理が可能となっています。一方、GoogleのTPUは、AIの学習に不可欠な「行列乗算」と呼ばれる大量の数値計算を高速処理できるよう設計されています。どちらの半導体も、AIモデルの学習に伴う膨大な計算処理をこなすことができますが、その仕組みやアプローチは異なります。

NVIDIAのGPUは柔軟性が高く、プログラムの自由度も大きいとされていますが、その分、運用コストが膨らむ場合があります。TPUはGPUに比べて汎用性は低く、特定用途に特化した設計とみなされていますが、同様の処理を行う際の消費電力は抑えられています。

Googleは現在、第7世代となるTPUを展開し、性能の向上と高出力化を進める一方で、消費電力を抑えることで運用コストの低減も図っています。TPU v4世代では、前世代比でチップあたりの性能が2倍超、電力あたりの性能も数倍に高まったとされ、データセンター全体のCO2排出削減にも貢献するという分析も示されています。

企業側からみると、「同じ推論・学習をどれだけ安く、どれだけ早く回せるか」が重要なKPIになっています。特に、生成AIサービスをグローバルで展開するプラットフォーマーにとって、電力コストや冷却設備コストは利益率を左右する重大要因であり、電力効率の高いTPUへのシフトは、単なる技術選択にとどまらず財務インパクトを伴う意思決定でもあります。

Alphabet(アルファベット)と株式市場の視点

Alphabetを巡っては、最新のAIモデル「Gemini(ジェミニ)」を高く評価する声があり、今回のAIチップ需要拡大の追い風となっています。こうした状況はIT業界の勢力図や株式市場の主役銘柄を見直す動きにもなっています。

実際、MetaとGoogleのTPU取引が報じられた直後、Alphabet株は上昇し、NVIDIA株は数%下落するなど、投資家の期待と警戒が株価に反映されました。NVIDIAのデータセンター事業は年間数十兆円規模のランレートともいわれており、その一部でも他社にシフトすればインパクトは無視できません。

Seaport Global Securitiesのアナリストであるジェイ・ゴールドバーグ(Jay Goldberg)氏は「GoogleのTPUはAI処理に不要な部分を思い切ってそぎ落とすことができるため、特定のAI分野ではTPUがGPUを上回る性能を発揮することもある」と述べ、同氏はNVIDIA株に「売り」相当の投資判断を付けました。

AI半導体を巡っては、NVIDIA1社の一人勝ちといえる状況でしたが、今後、業界の様子に変化がみられるのか注目されるところとなります。

今後は、①価格(TCO)②電力効率③ソフトウェアエコシステム(CUDA対TPUツール群)④供給制約といった複数の軸で、ユーザー企業がベンダー選択を行う局面が増えていくと考えられます。

AI半導体競争がビットコイン・暗号資産市場に与える影響

一見すると、AI半導体の競争とビットコインや暗号資産市場は無関係に思えますが、実際にはいくつかの接点があります。特に、リスク資産としての連動性計算資源の需給構造という2つの観点から影響が考えられます。

第1に、ビットコインは近年、ハイテク株、特に成長期待の高いテック・グロース銘柄と相関を強める局面がありました。海外の調査では、小型ハイテク株指数などとビットコインの値動きが同方向に動くケースが多く、テクノロジー関連のリスクオン局面でビットコインも上昇しやすいという分析もみられます。

AI半導体市場であらたな競争が生まれ、GoogleやMetaのようなビッグテック企業への成長期待が高まると、市場全体の「テック・リスクオン」ムードが強まりやすくなります。その結果、直接の因果関係はないものの、投資家のリスク許容度の高まりを通じてビットコインなどの暗号資産にも資金が流入しやすくなる可能性があります。

第2に、AIと暗号資産は計算資源(コンピューティングパワー)を大量に消費する産業という点で共通しています。ビットコインはASIC(専用マイニングマシン)が主流であり、AIに使われるGPUやTPUとは用途が異なるものの、データセンターの新設・電力網の整備・再エネの導入など、インフラ面では重なる部分が少なくありません。

近年では、ビットコインマイナーが余剰電力や施設を活用してAI向けの計算リソース提供ビジネスに参入する動きも報じられています。AI半導体の供給が多様化し価格競争が進むと、①データセンター事業者の設備投資コスト低下②AI・マイニング・クラウドレンダリングなど複数用途にまたがるハイブリッド施設の増加といった形で、暗号資産業界にとってもインフラコスト面の恩恵が出てくる可能性があります。

また、暗号資産のなかには「分散型コンピューティング」や「AI×ブロックチェーン」をテーマにしたプロジェクトも登場しており、AI需要の拡大はこうしたプロジェクトへの関心を高める要因にもなり得ます。AI半導体が安価かつ大量に供給されるようになれば、分散型ネットワーク上での推論・学習や、トークンによる計算リソースの売買といったあたらしいユースケースも現実味を増してくるでしょう。

一方で、AI・半導体・暗号資産はいずれも期待と不確実性の高い分野であることから、「バブル」と「調整」を繰り返す可能性がある点には注意が必要です。AI半導体の大型投資が期待先行となり、将来的に成長鈍化や供給過剰が意識されれば、テック株と連動してビットコインを含む暗号資産市場が調整局面に入るリスクも否定できません。

まとめると、AI半導体の価格競争は、ビッグテックの収益構造投資家のリスク選好を通じて、ビットコインを含む暗号資産市場にも中長期的に波及し得るテーマです。AIインフラの動きと暗号資産市場の相場動向を、同じ「テクノロジー循環サイクル」のなかで捉えておくことが、今後ますます重要になっていくでしょう。