市況の背景と直近の金価格動向

8月22日(金)にパウエルFRB議長はジャクソンホール会合での講演において、9月に開催されるFOMCでの利下げを示唆しました。この講演を起点として長らくもみ合いを続けていた金価格が動き始めています。先週もこうした動きをお伝えしましたが、一段と強い動きをみせています。

9月9日(火)のNY金先物(中心限月)終値は、1トロイオンス3,682ドルと、終値として史上最高値を更新しました。翌10日(水)は3,679ドルでした。2024年末の金価格は2,641ドルでしたので、今年に入っての上昇は終値ベースで1,038ドル、上昇率は39.3%になります。同時期の株価の動きと比較するとNYダウ平均+6.9%、S&P500+11.0%、NASDAQ+13.3%でしたので、株式も良く上昇していますが、金価格の動きはとても大きいことがわかります。

資産 2024年末価格 2025年9月9日時点 上昇率
NY金先物 2,641ドル 3,682ドル +39.3%
NYダウ平均 42,755ドル 45,702ドル +6.9%
S&P500 5,870ドル 6,516ドル +11.0%
NASDAQ総合指数 19,300ドル 21,865ドル +13.3%

ジャクソンホール会合後の価格変化は、政策金利見通しと実質金利の変化を通じて金価格(無利息資産)の相対魅力度に直結します。実質金利の低下や金融条件の緩和が意識される局面では、デュレーションの長い資産(金・ハイテク等)への資金シフトが生じやすく、ボラティリティ拡大にも注意が必要です。

株式市場との比較と投資配分の含意

株式の年初来リターンを上回る金価格上昇は、分散投資の観点で「株式と相関が低く、インフレ・政策不確実性のヘッジになりやすい」資産の持ち分を再考させます。特にイベントドリブン(FOMC・雇用統計・PPIなど)での急変動に備え、利下げサイクル入りの確度に応じて金・現金・長期債の比率調整を検討する投資家が増えています。

上昇要因:需給・政策・制度リスク

金価格上昇のポイントの1つに世界の中央銀行によるドルからのシフトがありますが、その中心的な存在である中国人民銀行による金の買い増しが発表されました。中国人民銀行は8月に60,000トロイオンス保有量を増加させ、保有総量は7,402万トロイオンスになっています。中国人民銀行は昨年11月から買い増しを再開し、これまでに122万トロイオンスを買い増しています。

中国人民銀行

中央銀行の買い増しと構造的需要

各国中銀の継続的な買いは、鉱山供給の伸びが限定的ななかで「ネット需給の硬直化」を生み、ディップでの下支え要因になります。準備資産の多様化、経済・地政学リスクの高まり、対外ポジション管理(外貨準備の通貨構成見直し)など、複合的な動機が背景にあります。

金融政策:利下げ観測の広がり

今後の金価格については、多くの金融機関が目標価格を上方修正しており、特にゴールドマンサックスはトランプ大統領によるFRBへの圧力を受けて、FRBの独立性が損なわれれば5,000ドル近くへ達する可能性があるとしています。

利下げは名目金利の低下を通じて機会費用を引き下げ、金の保有妙味を高めます。市場インフレ期待が粘着的な場合、実質金利の低下を通じた上振れ圧力が強まりやすく、価格の「逓勢(モメンタム)」が生まれます。

政治・司法リスクとドルの信認

このように金を取り巻く環境はフォローの状況をみせていますが、そのなかでも開催の近づくFOMCでの利下げが大きなポイントで、パウエル議長の示唆により現実味を帯びた上、先週末の雇用統計や今週の米国生産者物価指数の結果が利下げを支援すると考えられ、金融市場の利下げ期待を強固なものとするとともに、金価格上昇を印象付けています。さらに8月29日に米国連邦控訴裁判所から出された「トランプ大統領による関税措置の大半について違憲との判断」が米国政府およびドルへの信認へ疑問を投げかけており、米ドル安 → 金価格上昇のイメージを強めています。

制度面の不確実性は「安全資産需要」を喚起しやすく、対ドルでのヘッジ需要と相まって金の相対優位を高めます。こうしたニュースフローは短期のセンチメントに強く作用するため、イベント前後のギャップ・リスク管理が重要です。

今後の見通しと投資家への示唆

当面はこうした金価格のフォローの環境が続くと考えられますので、今後の価格推移については大手金融機関の予想水準に向けた展開となっていきそうです。

実務的には、①イベントカレンダー(FOMC・雇用・物価指標)の前後でのポジションサイズ調整、②ボラティリティ上昇局面に備えた段階的な利確・押し目の再構築、③金現物・先物・ETF(為替ヘッジの有無)・金鉱株の役割分担を明確にする――の3点が有効です。ワールドゴールドカウンシルや先物市場のポジション統計(例:CFTC)など、客観データの定点観測も併用すると、短期ノイズと中期トレンドの識別が容易になります。