馬刺し

提供寸前に冷凍庫から出したかのようなしっかり冷えた温度でありながら、鮮紅色に綺麗に発色していた。口に入れた途端に、均一に入った“さし”とナッツのような風味の赤身が解けて広がる。

こんなに美味しい馬刺しは食べたことがない。

昨年宮崎に出張した際、兄のように慕っている同僚に連れて行ってもらった、熊本の知る人ぞ知る名店「もっこす」の馬刺し。公に発信していると地元の常連さんに怒られるかもしれないが、熊本に行った際にはぜひ立ち寄ってもらいたい。

宮崎から熊本へ車で行ったため、帰りも200kmほどの距離を運転してもらった。車中で話していたワクチンに関するセンシティブな話から、AIの「トロッコ問題」を思い出した。4月のメルマガでも少し触れたが、トロッコの進行方向に5人の作業員がいて、このままでは5人がひかれてしまう。あなたの近くに線路の進行方向を切り替えるレバーがあるが、レバーを切り替えるとその先の線路にいる1人の作業員をひいてしまうという状況。

トロッコ問題

1人の命と5人の命という命の数や重みをどう判断するべきか。そして、自らレバーを引くという自発的な行動を起こすか、傍観者となるのかという2つの問題と直面する。

元はイギリスの哲学者である、フィリッパ・フット(Philippa Foot)氏が1967年に発表した論文とされている。いくつかの例が記載されているが、中でも以下2つの例をみたい。

  • (1)暴走している路面電車が直進すれば線路作業者 5 人が亡くなり、右の引き込み線にポイントを切り替えれば作業者 1 人が亡くなる。運転士のポイントの切り替えに対する是非。
  • (2)健康な一人の青年の犠牲で、臓器移植を待つ5人が救われる。青年から臓器を取り出すことが許されるか。

そしてあらたな判断基準として、助ける行動をとる「積極的な義務」と行動を控えることにより助ける「消極的な義務」を対比する判断基準を提案した。これを日本の哲学者、岡本裕一郎氏は「二重義務論」と名付けたそうだ。

事例(1)ではどちらの選択肢でも「消極的な義務」であるため、犠牲の少ないほうを是とする。しかし、事例 (2)では、「積極的な義務」と「消極的な義務」の衝突となるため、「消極的な義務」を優先して青年を犠牲にすることを非とする、と説いた。これが、トロッコ問題と二重義務論の概要だ。メルマガでは説明不足も多々あるため、詳細は南雲功さんの「技術とトロッコ問題 —自動運転車の技術倫理—」というレポートをみていただければと思う。

編集長FOUCUS

AIで便利になるより、AIで遊ぶ

 馬刺しの話からトロッコ問題に話は脱線したが、ことAIにおいて倫理的な課題は多く残され、今もなお議論が行われている。さまざまな有識者への取材や記事を見て、最近はモノとモノの間を繋ぐことが現時点のAI活用において最大のパフォーマンスを出す環境なのではないかと感じるようになった。

 AIは人間から与えられた情報をもとに、文章や画像を出力することしかできないため、人間が求めるものを正確に伝える必要がある。ピックアップした記事内にもあるが、「Web3.0について教えて」というプロンプトよりも、「Web3.0に関係するテクノロジーを列挙して」、「Web3.0と呼ばれる技術によって何が変わるのか教えて」と書いた方が、より詳細で正確な回答を得られる。

Web3.0という漠然とした物語を書いて欲しいと依頼するよりも、Web3.0で世界はどのように変わる可能性があるのかを書いてほしいという落とし所を指定した物語の方がより精度の高いアウトプットができるということだ。

 7月17日にはSEC ゲーリー・ゲンスラー(Gary Gensler)委員長が「金融業界では、顧問やブローカーが投資家の利益よりも自らの利益を優先するようにAIを最適化している限り、争いが生じる可能性がある」と警鐘を鳴らしたようだ。Web3.0領域では何かとお騒がせのゲンスラー氏がAIの闇雲な規制強化を敢行しないことを願うが、現在のAIはプロンプトありきで動いていることは事実であり人と何かを繋ぐツールであるため、バランス良く繊細な規制が必要でありそうだ。

以下の記事では、ChatGPTとの簡単なやりとりが記事になっている。後日上がる後編には、「Bing Image Creator」で画像を生成する方法も記事になっており、Iolite公式Twitterでは読者の方が実際にBingを活用して温泉の画像を生成し、共有してくださっていた。初見ではいわれなければ生成画像であることがわからない人が多いだろう。10分もあればAIツールを使ってさまざまな遊びができるので試して欲しい。

 AI Prompt 現代の魔法を使いこなせ

[Iolite記事]
AI PROMPT 現代の魔法を使いこなせ 前編