DMMビットコインの不正流出で考えるレンディングの落とし穴
2024.06.07
DMMビットコインで約482億円相当のビットコインが不正流出
5月31日、DMMビットコインで4502.9BTC(約482億円相当)ものBTCが不正流出したニュースが世間を騒がせた。
ネットワークから遮断された環境下で管理されているコールドウォレットから、なぜこれほどまでに莫大な資産が流出したのか。原因は調査中だが、内部関係者の犯行との推測もある。
今回のような不正流出以外にもハッキングや倒産など、暗号資産業界はたかだか1年単位でドラスティックな変化が起こり、その度にトライアンドエラーを繰り返してきた。
過去に起きた様々な事件を経て厳格なルールを制定してきた金融庁としても本件は頭が痛い問題だろう。なぜなら、コインチェックから当時の価格で約580億円相当の暗号資産が不正流出したのは2018年の話。暗号資産の資産性が今ほど認められていなかった数年前と現在では、まったく状況が異なる。しかも当時の不正流出はネットワークに接続されたホットウォレットから起きたもので、その影響から国内では暗号資産をコールドウォレットで管理するよう厳格なルールが定められることになった経緯がある。
不正流出したBTCは市場から調達し、現物で全額保証されることとなったが、DMMビットコイン単独で不正流出分を確保することは困難ということで、グループの支援を受けて実施する予定と発表された。
6月3日時点で50億円は調達済みとのことで、今後のスケジュールとしては6月7日に増資により480億円、6月10日に劣後特約付借入で20億円の資金調達を行う予定となっている。劣後特約とは馴染みがない言葉だったので調べてみたが、要するに普通の社債に比べて金利が高いメリットがある一方、企業が倒産した場合には元本の返済が受けられない可能性がある社債ということらしい。
DMM社の公式サイトをみると、事業情報のページには「領域問わず、何でもやる」という文言が大きく記載されている。実にアバンギャルドな姿勢だ。グループ会社で16領域60以上の事業を行っている同社の昨年のグループ売り上げは約3476億円。不正流出後の初動についても、巨大グループならではの懐の深さと対応スピードには正直驚いた。
とはいえ負わなくて良い痛手であることは間違いない。悪党の成敗は続報を待つとして、本来このような事件が起こる前に様々な規制や対策を打てれば良いのだが、新しい業界であるだけに政府としても知識レベルで追いついてない部分は割とあると思う。業界団体の存在意義が正しく機能し、業界を発展させる意味でも2度、3度と同様の事件が起こらないことを願う。
BitLendingは大丈夫ですか?
さて、この流出事件を受け弊社にも「BitLendingは大丈夫ですか?」と本件の影響を心配する声が多数寄せられた。「影響はない」というのが回答になるのでその旨の対応をさせていただいたが、同時に懐かしい気持ちになった。
なぜならBitLendingを創業した2022年は「テラルナショック」に始まり、セルシウス、スリーアローズ、FTX、BlockFiなどいった名だたる企業の破産など、業界にとって深刻な事件がデンプシーロールのように次から次に起きた年だったからだ。
当時は「BitLendingは3ACに対してエクスポージャーを持っていません」、「FTXに顧客資産を預けていません」などと、事件が起きる度に問題がないことを発表しており、顧客対応も大変だった。先入観から斜に構えられることも多く、挙句の果てにはまったく関係がない事柄でも「大丈夫ですか?」と聞かれることも多々あった。
BTCの評価額が下がる度に大丈夫ですかと聞きたくなる気持ちはわかる。当たり前だが、我々が市場のプライスを決めているわけではない。明日BTCが上がるか下がるか、この先いくらまで上がるかなどは誰にもわからない。レンディングとは暗号資産を預け入れ、その暗号資産の数量そのものを増やすサービスである。スキームや暗号資産の市況などを理解していないと、「そんなはずじゃなかった」といった具合に、誤解が生じることになる。
ここで強調して伝えたい事は、不正流出などの事件は何もブロックチェーンやBTCが悪いわけではないということ。こうした事件はたいてい管理体制やスキームに問題があることが原因だ。
「暗号資産=詐欺」というイメージを持つ方は日本では結構な割合でいる。話を聞くと、「過去に暗号資産で騙された」または「そういう話を聞いた」と。よく話を聞けば、暗号資産チックに仕立て上げたただのポンジスキームに騙されただけなのだが、入り口が暗号資産なだけに、暗号資産業界に対して悪いイメージを抱いたということに変わりはない。それがリアルなのだ。
弊社のレンディングサービスも出だしから厳しい戦いを強いられる形になったが、おかげさまでなんとか冬の時代を乗り越え、現在に至るまで貸借料も変わることなく、トラブルもなく、安全運行で運営ができている。今回、この流出事件を受けて心配の声も多数寄せられたので、改めてこの場でレンディングの仕組みと落とし穴についてお話しをさせていただく。
まず、仕組みについて。
レンディングは日本の法律上、消費貸借契約になる。消費貸借とはモノの貸し借りのことだ。現在、暗号資産はモノとして扱われている。モノの貸し借りなので、もちろん借りたものは返さねばならない。弊社はお客様から暗号資産を借りるため、お客様に暗号資産を返さなければならない。つまり、元金保証ということだ。
貸借料は利回りや配当ではなく、モノを借りた際に発生したレンタル料のことを指す。このレンタル料を預けた暗号資産の数量と預けた期間に準じて付与する。では、このレンタル料の原資はどこからきているのか。弊社の場合、お客様から預かった暗号資産を主にファンドへ貸し出し、そのファンドが運用している。このファンドの運用収益が皆様へ支払う貸借料の原資となる(ポートフォリオは運用レポートで公開している)。これがレンディングの仕組みだ。
次に落とし穴について。
元金保証という表現だ。例えば、人にお金を貸して返ってこなかった経験がある人も恐らくいることだろう。いくら元金保証でも、仮に弊社が倒産した場合には元金を返還できなくなる可能性があるということだ。
これは弊社だけではない。レンディング事業を営む同業他社、取引所のレンディングサービスも同様。取引所のサービスでもレンディングは分別管理の対象ではないというのが現在の日本のルールなのだ。ノーリスクでハイリターンを得たいという考えの方は注意が必要となる。
有名な言葉だが、暗号資産は「DYOR(Do Your Own Research)」が基本となる。何事もそうであるのは言うまでもないが、新しい業界なだけに規制がまだ未整備だったりするため、その点で自己責任を強調しなければならない。
ちなみに、現在レンディングに関する金融庁管轄のライセンスはない。つまり、誰でもレンディングサービスを立ち上げることができる。私が元金保証を謳い年率50%のレンディングサービスを立ち上げることも理論上可能なのだ。
では、ユーザーはレンディング事業者のどこをどう見分ければよいのか。デューデリジェンスのポイントについて弊社の取り組みを例にいくつかお伝えする。
• 運用レポートの開示
BitLendingでは四半期ごとに運用レポートを開示している。新規のユーザー様は知らないと思うが、これまでレンディング業界は利率の発表のみで、何をどのように運用して利益を上げているのか、運営の中身はブラックボックスだった。2022年の数々の事件を経てその年の年度末に事業報告会を開催し、BitLendingでは業界で初めてポートフォリオや運用内容の開示を行った。あれから1年と半年経つが、不思議なもので現在時点では運用レポートを開示しているレンディング事業者は弊社だけである。
• Web3ビジネス誌であるIolite(アイオライト)の発行
弊社は2020年に創業し、国内唯一の暗号資産専門雑誌「月刊暗号資産」に関する事業を引き取る形でスタートした。その後、リブランディングを行いIolite(アイオライト)としてよりクオリティが高いWeb3ビジネス誌として進化し、現在も雑誌とWeb媒体で情報を発信している。
何が言いたいかというと、誰でも容易にアクセスできる雑誌という媒体を運営している意義は非常に大きいということだ。あまり知られていないが、紙媒体である雑誌を発行しつづけることは皆様が思っている以上にとても難しい。出版コードの取得自体も大変なのだが、企画、運営を続けるには相当な労力がかかる。ホームページではそれっぽく書くことは当たり前の時代。何をやっているかわからない事業者がたくさんあることを忘れてはならない。
メディアを運営している大きな意義はもう一つある。業界との繋がりだ。暗号資産業界はとても狭い。業界関係者、関連企業とのネットワークはとても貴重な情報源になり、メディアを運営している最たる強みである。
メディアを運営してきたからこそ思うのは、代表者の名前も無名で、業界経験もなく、業界関係者との繋がりもない、本当のところは何をやっているかわからない企業が、高い貸借料を謳い資金を集めている実態についてだ。メディアを運営している我々ですら、実態が不明というのは危険を感じる。私も取材を行う身なので国内外に様々なネットワークがあるが、良くも悪くも話題になるサービスは必ずと言っていいほど誰かしら繋がっているものだ。
このように、運営会社が情報発信も顔出しもしていないサービスが乱立している状況に一抹の不安を感じる。何をどのように選ぶのかは自由なので私がとやかく言う必要はないのだが、問題はこうした事業者がトラブルを起こした場合である。「御社は大丈夫ですか?」と言われるのは目に見えている。レンディングの印象も間違いなく悪くなるため勘弁だ。個人的には、このようなサービス事業者が事件を起こすのは時間の問題だと思っている。そのため、あえてこの場で伝えさせていただく。
先にも書いたが、レンディングの最大にして唯一のリスクは企業の倒産についてである。ここがクリアになればサービス水準はぐんと上がる。ではどうすればこの倒産リスクをカバーすることができるのか。
現在、弊社では新しいサービスプランをいくつか開発している。そのひとつが「カストディプラン」だ。顧客資産が第三者機関で安全に保証されていれば、安全性は極めて高くなるといえる。
これまでもカストディと提携していると謳っているレンディング事業者はいたが、対象となる資産はあくまでも自社の待機資産についてのみだった。レンディングしているのに待機資産にカストディをかけてもほとんど意味がない。カストディを使っているというイメージがほしいからそう謳っているのだろうが、それでは問題の根本的な解決には至らない。
レンディングで貸借料を得ながらも自身の資産が100%担保されるならどれほどハッピーなことか。考えなくてよいことがひとつ減るだけでも人生は豊かになる。この部分に注力したサービスを弊社は展開する予定だ。詳細は準備が整い次第発表するのでぜひ楽しみにしていてほしい。
BitLendingを創業した時、弊社は業界では3社目のレンディング事業者であった。あれから2年。たかだか2年だが他社がやらないこと、自社でできることを徹底してサービスをブラッシュアップしてきた。その結果、現在では業界No.1の預かり資産と品質を提供するサービスに進化した。
このスタンスは今後も変わらない。常に変化に対応しつづけ必要な人に末長く届くサービスを創っていきたいと考えている。
最後に、弊社の資金管理詳細については私の過去記事「FTX事件で学ぶべき教訓と弊社のリスク管理」に詳細を記載している。興味がある方は是非ご一読いただきたい。
[ナガトモヒロキ|クリプト最前線]
FTX事件で学ぶべき教訓と弊社のリスク管理